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東京家庭裁判所 平成7年(少ロ)2号 決定

少年 T・Y(昭50.2.18生)

主文

本人に対し、金33万6000円を交付する。

理由

当裁判所は、平成7年2月3日、本人に対する平成6年少第4407号公務執行妨害、傷害保護事件において、送致事実のうち、脅迫を手段とする公務執行妨害の事実を認定し、その余の事実についてはこれが認められないとした上で、本人を保護処分に付さない旨の決定をしたところ、公務執行妨害と傷害は刑法54条1項前段の観念的競合の関係にあるので、このような場合は、少年の保護事件に係る補償に関する法律(以下「法」という。)2条1項の一部の審判事由の存在が認められない場合に該当するものというべきである。

ところで、上記事件の記録によれば、本人は、送致事実と同一性のある公務執行妨害の被疑事実に基づき、平成6年8月13日現行犯人として逮捕された上、送致事実と同一性のある公務執行妨害、傷害の被疑事実に基づき、同月15日勾留され、同月23日、当裁判所に送致され、同日観護措置の決定がなされ、同年9月9日観護措置が取り消されたことが明らかであるところ、上記記録によれば、本件は、本人が警察官につきまとい、脅迫を手段としてその職務の執行を妨害したものであるが、偶発的なものであって、犯行の動機は、警察官の本人らに対する違法な所持品検査に端を発し、警察官らのその後の対応に不十分な点があったこともあって、本人が激昂し、犯行に及んだものであることが認められるほか、上記記録によって認められる犯行の態様、被害の程度及び本人の要保護性等に照らすと、上記認定の非行事実のみであれば、逮捕はもちろん、勾留及び観護指置の必要性についても乏しいものというべきである。

したがって、上記逮捕、勾留及び観護措置については、法3条2号前段の適用の余地はなく、その他上記記録によっても同条各号に規定する事由は認められないから、本人に対して、法2条1項により逮捕、勾留及び観護措置の合計28日間について補償をすべきである。

そこで、補償金額について検討すると、上記記録によれば、本人は、逮捕当時塗装工として勤務し、月収約25万円を得ていたことが認められ、その他上記記録によって認められる本人の年齢、生活状況等一切の事情をあわせ考慮し、本人に対しては、1日1万2000円の割合による補償をするのが相当である。

よって、本人に対し、上記補償の対象となる逮捕、勾留及び観護措置の合計28日間について、上記割合による補償金合計金33万6000円を交付することとし、法5条1項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 川島利夫)

〔参考〕 公務執行妨害、傷害保護事件(東京家 平6(少)4407号 平7.2.3決定)

主文

この事件については、少年を保護処分に付さない。

理由

(非行事実)

少年は、平成6年8月13日午前1時55分ころ、東京都足立区○○×丁目×番×号付近路上において、Aほか3名と普通乗用車に乗車中、警視庁○○警察署警察官Bらから挙動不審者として職務質問を受けたが、少年らが同警察官らに対して怒号するなどしたことから、同日午前2時20分ころ、同区○○×丁目×番×号付近路上において、職務質問を継続するため応援を要請しようとした同警察官に対し、その直前に立ちふさがって同警察官の顔に顔を近づけ、「殺してやる。制服を着ているからと言ってただじゃあすませないぞ。」などと申し向けて脅迫し、もって、同警察官の職務の執行を妨害したものである。

(法令の適用)

刑法95条1項

(事実認定についての補足説明)

第1 検察官の送致事実は、「被疑者は、平成6年8月13日午前1時55分ころ、東京都足立区○○×丁目×番×号付近路上において、Aほか3名と普通乗用自動車に乗車中、警視庁○○警察署警察官Bらから挙動不審者として職務質問を受けた際、同日午前2時20分ころ、同区○○×丁目×番×号付近路上において、被疑者らが同警察官らに対して怒号するなどしたことから、職務質問を継続するため応援を要請しようとした同警察官に対し、その直前に立ちふさがって同警察官の顔に顔を近づけ、『殺してやる。制服を着ているからといってただじやあすませないぞ。』などと申し向けて脅迫し、さらに、同警察官の腕をつかんで手前に引きながら同警察官の背後に回り、その背部を殴打する暴行を加え、もって、同警察官の職務の執行を妨害するとともに、右暴行により、同警察官に対し、加療約6週間を要する左肩甲骨骨折の傷害を負わせたものである。」というものであるが、付添人は、警察官Bが送致事実のとおりの傷害を負ったことは争わないが、同警察官の職務の執行は違法であって、公務執行妨害罪において保護されるべき職務の執行にはあたらない上、少年は、送致事実記載の暴行、脅迫は行っておらず、本件については犯罪の証明がないから、少年を保護処分に付すべきでない旨主張し、少年は、審判廷において、送致事実のうち、脅迫文言を申し向けた点及び暴行を加えた点について否認し、その余の事実は相違ない旨供述している。

第2 当裁判所は、送致事実のうち、脅迫を手段とする公務執行妨害の事実を認定し、これを超える事実については認定することができないとの判断に至ったので、以下事実認定について補足説明をすることとする。

1 警察官Bの職務報行の適法性について

(1) 関係証拠によれば、警察官B及び同Cは、警ら用無線自動車で、犯罪の検挙等の職務に従事していたが、警ら中の平成6年8月13日午前1時55分ころ、少年、少年の兄A、少年の友人D及び少年の友人Eが同乗する、Aの友人F運転の整備不良車両を認め、東京部足立区○○×丁目×番×号付近路上(以下「第1現場」という。)において同車両を停止させた上、同所において、Fらに対して職務質問を行ったこと、同車両は、後部車面番号灯が整備不良であり、深夜、周囲をうかがうようにして、時速10キロメートルないし15キロメートルの低速度で走行し、かつ、少年らは、服装も派手で、素行不良者のようであったことなど不審な点があった上、同車両停止後警察官Bから自動車検査証の提示を求められたにもかかわらず、所有者であるAがその提示を拒否したことなどから、同警察官らは、Aらがあるいは凶器、シンナ一等の危険物を所持しているのではないかとの疑いを抱き、同警察官は、その旨問い質すとともに、トランク内の所持品検査をする旨告げた上、同車両の運転席脇にあるトランクオープナーを作動させて同車両後部トランク(以下「トランク」という。)を開けようとしたが故障していたため開かず、さらに、同警察官は、エンジンキーを抜き取り、これを作動させてトランクを開け、トランク内から修理用の敷物として使用している毛布等を取り出して路上に置くなどしてトランク内部を検査したこと、しかしながら、不審な物が見つからなかったことからトランクを閉めようとしたが、トランクが故障していたため閉まらなかったこと、Aらは、当初から、トランク内部の所持品検査に難色を示していたが、同警察官がエンジンキーを抜き取るころから反発するようになり、さらに、トランクを開けたころからは、少年及びAらは、「なんでトランクまで見る必要があるんだ。」、「トランクを壊した。」、「どうしてくれるんだ。」、「トランクを修理しろ。」、「殺してやる。」などと怒号するようになったこと、トランクの所持品検査を終えた後、同警察官は、詰め寄ってきたAを振り払ったため、同人は、後ろによろめいて右肘が民家の壁に当たるなどして、全治約1週間を要する右下顎、右肘打撲の傷害を負ったこと、いっそう興奮したAは、同警察官に向かっていこうとしたため、少年は、Aが同警察官らに暴力を振るうのではないかと心配してAを制止したこと、同警察官らは、Aらをなだめようとしていたが、警察官Bが「もういいから帰れ。」などと発言したことなどから、少年もいっそう興奮して、同警察官らに「帰れとはなんだ。」などと怒号したこと、同警察官らは、このままでは職務質問を継続することが困難であると判断し、職務質問を継続するため、警ら用無線自動車の無線を利用して他の警察官に応援を要請したが、詳細な番地がわからなかったので、これを調査して報告するため、同警察官において、警ら用無線自動車を停止させていた第1現場から約15メートル離れた同区○○×丁目×番×号付近路上(以下「第2現場」という。)に移動して、取扱場所の詳細な住居表示を確認する作業に従事していたこと、少年は、同警察官を追いかけ、第2現場に至り、上記作業に従事していた同警察官に対して、上記認定のとおり、脅迫を行ってその職務の執行を妨害したため、同警察官は少年を移動させようとするなどして少年を避けようとしていたことが認められ、少年の審判廷及び捜査段階における各供述、Bの審判廷(証人)及び捜査段階における各供述、Cの審判廷(証人)における供述、A及びDの審判廷(証人)、捜査段階及び同人ら作成の各上申書における各供述、Gの審判廷(証人)における各供述、Eの捜査段階における供述、司法警察員H及び司法巡査C作成の「公務執行妨害被疑事件取扱報告書」の記載のうち、上記認定に反する部分はいずれも信用性が乏しいので採用しない。

(2) 上記認定事実によると、警察官B及びCにおいて、Fらに対して、その運転車両の整備不良を理由として職務質問を行うことに違法はなく、また、当時の状況に照らすと、Aらがシンナーや凶器等の危険物を所持しているのではないかと不審を抱くのもうなずけないではなく、同人らの挙動の不審を理由として、職務質問をするとともに所持品検査を行うことも許されるものというべきであるが、同警察官によって行われた所持品検査は、当初から乗用車の所有者であるAらが難色を示し、その後、同人らから所持品検査を拒否する意思が明確に示されたにもかかわらず続行され、しかも、自らトランクを開けて積載物を車外に取り出し路上に置いてトランク内部を検査するというもので、Aらの承諾なくしてこれを行わなければならないほどの緊急性が存在していたとはいえないばかりでなく、捜査に至る行為に及んでおり、所持品検査として許される範囲を起えたものであって、違法といわなければならない。

(3) ところで、警察官Bの他の警察官らに対する応援要請は、警察官Bの違法な職務執行のためにせざるをえなくなった新たな職務ではあるが、違法な職務執行がなされたからといって、その後における職務執行のすべてが当然に違法となるわけのものではなく、個別にその適法性を判断すべきところ、同警察官の応援要請の職務執行は、上記認定のとおり、相当な方法によって行われており、格別違法な点は見当たらないから、適法な職務執行といわなければならない。

2 脅迫を手段とする公務執行妨害について

関係証拠によれば、少年が警察官Bに対し、送致事実記載の脅迫を行って同警察官の職務の執行を妨害する行為を行ったことを認めることができ、これに反する少年の捜査段階、観護措置手続及び審判廷における各供述並びにDの審判廷における各供述はいずれも信用することができない。

3 暴行を手段とする公務執行妨害及び傷害について

(1) 関係証拠によれば、警察官Bが、本件当時、加療約6週間を要する肩甲骨体部裂離骨折の傷害を負ったことが認められるところ、少年の暴行の存否及び同警察官の受傷前後の状況に関する主要な証拠としては、Bの捜査段階(司法警察員に対する平成6年8月13日付け供述調書)及び審判廷(証人)における各供述並びに同人の実況見分調書(平成6年8月17日付け)における指示、少年の捜査段階(司法警察員に対する平成6年8月13日付け供述調書、同月16日付け供述調書、同月21日付け供述調書及び検察官に対する平成6年8月14日付け供述調書)及び審判廷における各供述並びに実況見分調書(平成6年8月20日付け)における指示、Dの捜査段階、審判廷(証人)及び同人作成の上申書における各供述があるので、以下順次その信用性について検討した上、同警察官の受傷状況及びその原因について考察することとする。

(2) Bの供述について

ア 警察官Bは、受傷前後の状況について、捜査段階及び審判廷において、要旨次のとおり供述している。

〈1〉 司法警察員に対する平成6年8月13日付け供述調書における供述の要旨

自分は、両手で少年を払いよけたり、左右に移動したりして避けていたところ、少年は、一瞬左の方へ身体を変えて、自分の後ろに回った瞬間、自分は、後部の左肩の下辺りに激痛を感じた。いきなり後ろから殴られたことから、うずくまり、動けなくなってしまった。少年が後ろから殴りつけたことは間違いないが、手挙で殴られたか、肘で殴られたのか、足蹴りされたのかは、一瞬のできごとだったので、わからない。

〈2〉 審判廷における供述の要旨

少年が前に立ちふさがったので、どけということで、両手で少年の両肩を持って、自分の左前方に少年を移動させようとすると、少年は、自分の後ろに回り込み、その瞬間、左肩の約10センチメートル下のところに激痛が走った。少年を移動させた直後に激痛が走ったので、少年にやられたと思ったが、手は見ていないので、殴られたのか、蹴られたのか、今もってわからない。少年が、自分を少年の方から見て手前に引っ張ったということはない。自分と少年は、互いに肩をつかんで押し合っていた。自分は、自分の身体を捻っておらず、身体を捻って激痛が走ったということはない。受傷直後、少年は、近くにいたDの方に駆けて行った。

イ そこで、同警察官の上記各供述について検討すると、同警察官が供述するように、同警察官の肩甲骨骨折が少年の暴行により発生したとすれば、少年が犯行当時凶器を携帯していたという証拠もみあたらないから、少年が同警察官に対して暴行を加える態様としては、同警察官の供述する同警察官と少年の位置関係等に照らすと、少年の身体の一部、例えば、少年の手挙、腕、肘、膝等を用いる場合のほかは考えにくいが、このような少年の身体の一部を用いて犯行に及んだ場合であっても、受傷部位に外力が直接加えられる、いわゆる直達外力が加えられることになるのであるから、当該部位の表皮に擦過傷や皮下血腫が生じるのが一般であると解される(証人Iの供述)ところ、関係証拠によれば、同警察官の受傷部位の表皮には、受傷当時から、腫張はあるものの、擦過傷も皮下血腫も生じていなかったことが明らかであり、これによれば、少年が同警察官に打撃を加えたのではないかとする同警察官の上記供述には若干の疑問が抱かれる。

ウ また、同警察官は、平成6年8月17日実施の第2現場における実況見分において、少年が、同警察官の腕をつかみ、左斜め後方に引き、身体をさばいて同警察官の背部に回ろうとしている状況を指示している(平成6年8月17日付け実況見分調書)が、これは、同警察官の上記アの各供述と明らかに矛盾しているところ、同警察官は、この点について、審判廷において合理的な説明をすることができず、受傷前後の状況に関する同警察官の捜査段階及び審判廷における上記各供述には疑問を抱かざるをえない。

エ さらに、同警察官は、少年の暴行の手段について、捜査段階及び審判廷のいずれにおいても明らかにすることができないところ、同警察官の上記供述のとおり、受傷直後に激痛を感じた上、少年が近くにいたDの方に駆けて行ったとすれば、少年の暴行の態様を確認することが困難であったことも考えられないではないが、仮に背後から暴行を受けたとしても、警察官として職務に従事中であり、しかも、受傷の直前まで少年と対峙し、少年から「殺すぞ。」などと脅迫を受けていたのであるから、受傷直後、とっさに、少年のいかなる暴行により受傷したのかを確認する行動をとるのが普通ではないかと思われるだけでなく、犯行後の少年の身体の動きや体勢について確認することができたのではないかと思われ、この点でも、少年から暴行を受けたとする同警察官の上記供述には疑問が抱かれる。

オ なお、同警察官を診察、治療した医師I(証人)は、同警察官に対し、診察に際し、「何かで殴られたのだろうか。」と尋ねると、同警察官は、「そのような気がする。」と答えた旨供述しているが、これによると、同警察官の述べるところは、暴行を受けた被害者が述べたものとしては、はなはだ曖昧であり、同警察官は、受傷直後において、いかなる原因により受傷したのか明確な認識を持っていなかったのではないかと推測する余地がある。

(3) 少年の供述について

ア 少年は、殴打そのものによる暴行については、逮捕された当初から審判に至るまで一貫して否定する供述をしている(現行犯人逮補手続書、弁解録取書、司法警察員に対する平成6年8月13日付け、同月16日付け及び同月21日付け各供述調書、検察官に対する平成6年8月14日付け供述調書、勾留質問調書、観護措置決定陳述録取調書並びに審判廷)ところ、少年の暴行の存否及び警察官Bの受傷前後の状況について、捜査段階において具体的に供述(実況見分における指示を含む。)しているものとしては、以下のものがある。

〈1〉 司法警察員に対する平成6年8月13日付け供述調書における供述の要旨

警察官からガードレール(「ガードレール」とあるのは、平成6年8月17日付け及び同月20日付け各実況見分調書に照らすと、「ガードパイプ」と解するのが相当である。以下同じ。)のところに押しつけられたが、自分の左側のところにガードレールの切れ目があったので、そこに逃げようと思い、警察官が押してくる力を利用して身体を左によける感じで後ろにさがってガードレールの切れ目に逃げ込むと、警察官は、自分が突然身体を開いたので、左肩を下にして大きく身体を右の方へくずし、たたらを踏む感じで1、2歩進むと、突然、左肩を押さえてその場にしゃがみ込んだ。はっきり思い出せないが、自分の身体の一部、例えば、肘等が、もみ合いの時か、身体をずらした時に、警察官の背中にぶつかったかもしれないが、自分にはその意識はなかった。

〈2〉 検察官に対する平成6年8月14日付け供述調書における供述の要旨

警察官に胸倉をつかまれてガードレールに押しつけられ、身体を引いてよけた。その後、警察官が「痛い。痛い。」と言い出した。警察官が転んだところは見ていない。自分は警察官に乱暴していない。警察官がなぜ怪我をしたのか心当たりがない。

〈3〉 司法警察員に対する平成6年8月16日付け供述調書における供述の要旨

丁度ガードレールの切れ目が目に入ったので、そこへうまく身体をかわしてやれと思い、自分も興奮して、多分警察官の制服の両肩の付近か両腕と思うが、両手でつかみ、警察官が自分を押してきたのがわかっていたので、警察官の力を利用して、警察官を前方に引っ張って引き倒してやろうと思いつき、とっさに左側に身体をさばいて警察官をガードレールの切れ目の前方に強く引っ張って引き倒した。すると、警察官は、左肩をやや地面の方に下げた格好で、右前方に一瞬よたよたとなってよろめき、すぐに左肩を手で押さえ、肩が痛いとか言ってうずくまってしまった。自分は、身体をさばいた際、ほんの一瞬であるが、警察官のすぐ近くの歩道上である左後方に位置するような状態になった。自分の記憶としては、警察官の背中辺りを自分が直接手挙で強く殴打したり、足蹴りや肘打ち、回し蹴り等の乱暴をした覚えはない。もしかしたら、お互いにもみ合っている時か、警察官を引き倒そうと引っ張って身体をさばいた時に自分の肘か腕のどこかの一部が警察官の背中付近に強く当たったかもしれない。

〈4〉 司法警察員作成の平成6年8月20日付け実況見分調書(平成6年8月18日実況見分実施)における指示の要旨

警察官から胸倉をつかまれ、後ろのガードパイプのところまで押された。警察官に押されるようにしながら、歩道に上がったり降りたりして左に移動すると、ガードパイプの切れ目だったので、咄嗟に手を前に出すようにして、身体を張りながら、左に回り込んだ。警察官は、自分と反対方向の右に身体を回し、少し前かがみになりながら、左肩が痛いと言って、そこを右手で押さえていた。

〈5〉 司法警察員に対する平成6年8月21日付け供述調書における供述の要旨

丁度ガードレールの切れ目が目に入ったことから、自分はその時に、警察官の前方に来る力を利用して、強く引き、身体をさばいて警察官を前方に引き倒してやろうと思い、その一瞬と思うが、警察官の両腕付近を両手でつかまえ前方に強く引き、くるっと、相当早い勢いづいた回転だったと思うが、左側つまりガードレールのところで、身体を瞬間的にさばいた。自分が警察官の腕をつかまえたまま前に引き、自分と警察官との相当早い回転により、警察官はやや左肩が下に下がり、自分と背が向かい、よろけたような状態になり、それと同時に自分の左の手は警察官の右手をつかまえていて、警察官が右手前方によろけたので、自分の右肘は丁度警察官の右(「左」の誤記と解される。)肩付近の下の方に肘が曲がっている状態で、右肘の先端部が当たるような格好になった。自分が警察官の腕をつかまえて前方に引き、警察官が右前方によろけた時のほんの一瞬に、自分の右肘辺りが警察官の背中の左肩の下付近に強く当たってしまい、それで警察官が肩付近を怪我してしまったのではないかと思う。

イ そこで、警察官Bの受傷前後の状況に関する少年の上記各供述について検討すると、〈1〉、〈2〉及び〈4〉の各供述ないし指示については、少年が同警察官に対して格別の有形力を行使したものとはみられないところ、〈3〉及び〈5〉の各供述は、少年が同警察官に対して強く引っ張る等の有形力を行使した内容となっており、上記各供述が大幅に変遷しているが、その合理的な理由が供述調書等の上で明らかにされていないだけでなく、少年の上記〈5〉の供述にみられるような少年と警察官Bの動きを前提とすると、少年の左手で同警察官の右手をつかまえることや少年の右肘の先端部が曲がった状態で同警察官の左肩に当たるような格好になるということがありうるのかは疑問であり、さらに、同警察官の供述に関する上記(2)のイの疑問をも考慮すると、少年が有形力を行使し、その肘等が警察官Bの左肩等に強く当たったのではないかとする上記〈3〉及び〈5〉の各供述については疑問を抱かざるをえない。

ウ ところで、上記〈1〉、〈2〉及び〈4〉の供述内容に近いものとして、少年は、審判廷において、「警察官は、自分の首を締めるような感じでつかんでから両手で胸倉をつかみ、前後に揺すってきた。自分は警察官に胸倉をつかまれたままであって、警察官の身体には触れていない。警察官にそのまま後ろに押されて、ガードレールに背中が当たったので、見たところガードレールの端が丸くなっているところだった。自分は、警察官が自分を左側に引っ張ったので倒れそうになり、ガードレールに左方向に回転しながら逃げ込んだ。すると、同警察官が自分の左側前方で、『痛い、痛い。』と叫びながら、右手で左肩を押さえてうずくまった。自分が警察官の背後に回ったということはない。警察官は自分を投げ飛ばそうとしていた。その際自分が逃げたため、バランスを失したことも考えられる。自分は、警察官の腕をつかんだり、引いたり、前の方に引き倒そうとしたことはない。」旨供述しているところ、これらの供述は、内容が細かな点では異なっているが、大筋において符合し、後記Dの供述内容と対比すると、少年が積極的に有形力を行使しなかったという点で一致しており、この点で信用性を肯認することができるものの、少年は、当時相当程度興奮していたことから、同警察官の受傷直前の状況については正確な記憶を期待することは困難ではないかと思われる。

エ なお、警察官Gは、審判廷(証人)において、「弁解として、少年は、『警察官の邪魔をしようとして、第2現場に行き、警察官が番地のメモを取ろうとしていたのを、右に行ったり、左に行ったりしながら立ちはだかって邪魔をしたことは間違いないけれども、そのとき、どけということで胸倉をつかまれたので、自分も警察官をつかみ、警察官が押してきたときに、ガードレールの切れ目があったので、そこに逃げ込もうとして、力を少し入れて前に引き倒そうとしたというか、離れようとしたときに、警察官がよたよたと左前方によろけて、左斜めに前かがみになりながら、2、3メートル先に行ったので、少年が背部に回る形になったが、そのとき、警察官が急に左肩を押さえて、痛い、痛いと言い出した。』という趣旨の供述をしていた。」旨供述しているが、少年が述べたとする上記弁解の内容は、「力を少し入れて前に引き倒そうとした」との点を除けば、上記審判廷における受傷前後の状況に関する供述とかけ離れたものではないというべきであり、少年は、捜査段階において、審判廷におけると同様な供述をしていたのではないかと思われる。

(4) Dの供述について

ア Dは、第2現場付近において、少年と警察官Bとのやりとりを目撃しているが、少年が同警察官に暴行を加えていないという点では、捜査段階、同人作成の上申書及び審判廷において一貫しているところ、受傷前後の状況に関するDの供述の要旨は以下のとおりである。

〈1〉 審判廷(証人)における供述の要旨

警察官は、少年の胸倉をつかみ、少年を前後に振り、少年は揺さぶられるのを防ぐため、両手で警察官をつかんでいた。その後、警察官は、向かって右側に少年を投げ飛ばそうとした。少年は、投げられる前、倒れないように踏ん張っていたので、警察官の手は勢いよく外れてしまったような感じになり、少年は振られるようにぐらっと下がり、勢いがよかったので、振られて右回りに回ったような感じだった。すると、警察官は、いきなり、右手で左胸を押さえて、「いてえ。」と言いながらしゃがみ込んだ。

〈2〉 D作成の上申書における供述の要旨

警察官が、少年の顎の辺りを両手で挟むようにつかんで、右の方へ投げ飛ばそうとしたところ、少年は体勢を崩したが、倒れなかった。自分は、少年のところに駆け寄り、「むこうへ行けよ。」と言って、少年をみんなのところへ連れて行こうとしたところ、警察官の「いてえ。」と言う声が聞こえ、見ると、警察官が右手で自分の左胸を押さえながら、しゃがみ込んだ。

イ そこで、Dの上記各供述について検討すると、なるほど、Dは、少年の友人であって、その供述の信用性については慎重な考察が必要であるところ、同人は、少年に比し、より客観的な立場で、事態の推移を現場付近で目撃していたものである上、Dの上記各供述は、少年の審判廷におけるそれとは異なる内容であって、Dが供述する同警察官と少年の動きについて格別不自然な点はなく、後に検討する同警察官の受傷原因とも矛盾せず、比較的信用性が高いものと考えられる(なお、「同警察官が少年を投げ飛ばそうとした」という点については、同警察官の上記各供述に照らすと、同警察官が力を込めて少年を移動させようとしたという趣旨に理解するのが相当である。)。

(5) 推測される受傷前後の状況について

上記1の(1)で認定した応援要請の際の状況のほかに、D、少年及び警察官Bの上記各供述をも対比検討して、同警察官の受傷前後の状況について考察すると、同警察官は、住居表示の調査中、少年がその顔を同警察官の顔に近づけてつきまとっていたため、これを排除しようとして、少年をつかんで右方向に力を込めて移動させようとしたところ、少年が踏ん張ったため、少年をつかんでいた同警察官の両手が外れて同警察官が勢いよく右側に回転して身体を捻り、その反動で、少年が背後のガードパイプの方に後ずさりしたのではないかと推測することが可能である。

(6) 警察官Bの受傷の原因について

警察官Bは、上記認定のとおりの傷害を負ったところ、関係証拠、とりわけ、広畑和志・寺山和雄編集「標準整形外科学」(第4版)、コノリー=デパルマ著「骨折と脱臼の処置」第1巻(第3版)の各記載及び証人Iの供述によれば、肩甲骨の骨折は、直達外力が強く作用したことによるものが多いものの、肩甲骨には多くの筋肉が付着しており、これらの筋肉の強い伸縮により、外力が受傷部位に直接加えられない、いわゆる介達外力が加えられることによって生じる可能性もないではないことがうかがわれるところ、上記のとおり、同警察官の骨折部位の表皮には擦過傷や皮下血腫がみられないことや、上記のとおり、少年が殴打等の外力を加えたことについては疑いがあること、さらには、上記のとおり、同警察官が右方向にかなりの勢いで身体を捻った可能性が大きいことなどを考慮すると、殴打等の直達外力によるものではなく、同警察官が身体を右方向に強く捻った際に、左肩甲骨に対して、介達外力が強く働いたことにより、左肩甲骨体部の裂離骨折が生じたものと疑う余地がある。

この点に関して、医師I(証人)は、警察官Bの骨折は、骨折線から判断すると、直達外力によるものと推測されるが、介達外力で果たしてこのような骨折の仕方をするのだろうかという疑問の度合いと、直達外力によるものであるとした場合、皮下血腫がみられないのはなぜだろうという疑問を比較した結果、本件骨折は、直達外力によるものであろうと考える旨供述しているが、他方で、骨折時における状況いかんにより介達外力による骨折の可能性も否定できない旨供述しており、直達外力によるものと推測されるとの同証人の上記供述は、上記判断の妨げとはならないというべきである。

(7) 以上のとおりで、警察官Bに暴行を加えたことをうかがわせる少年の供述や同警察官の供述については、いずれも信用性に疑問があり、また、同警察官の傷害については、同警察官が少年を排除しようとした際に、介達外力によって生じた可能性を否定することができないことなど合理的な疑いが残るので、暴行を手段とする公務執行妨害及び傷害については、これを認定することができない。

(処遇の理由)

本件は、少年が警察官につきまとい、脅迫によりその職務の執行を妨害したものであるが、犯行は、偶発的なものであって、警察官の少年らに対する違法な所持品検査に端を発し、警察官らのその後の対応に不十分な点があったこともあって、少年が激昂し、犯行に及んだという点を考慮すると、少年のみを責めることはできない。

また、少年は、不平、不満を独善的に発散させる傾向があり、これまでに、交通事件に関し、平成3年4月19日保護的措置の上不処分決定を受け、平成4年7月15日保護観察(交通短期)の決定を、平成5年12月19日検察官送致の決定をそれぞれ受けたことがあるものの、そのほかには非行歴や補導歴はなく、概ねまじめに稼働してきたものであること、さらに、本件については、調査、審判を通じて自己の行動を反省する機会が与えられたこと、両親においては、本件当時、少年の夜遊びを黙認していたことなどの問題点はあるものの、これまで概ね適切に監護、養育してきたこと、少年は、間もなく成年を迎えることなどを考慮すると、今回は訓戒にとどめ、今後については少年の自覚と両親の指導に委ねるのが相当である。

このような次第であるから、この事件については、少年を保護処分に付する必要がないものと認め、少年法23条2項を適用した上、主文のとおり決定する。(裁判官 川島利夫)

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